ABOUT WANO MICHI
和の道について
過去から学び、今を見つめ、
これからをよりよく生きるために。
PURPOSE
このサイトの目的・志
今より少しでもよく生きたいと願う、 すべての人のために。
このサイトが対象とする人
「和の道」は、今より少しでもよく生きたいと願う、 すべての人のための場所です。
置かれている状況も、抱えている問題も、 目指している場所も、人によって異なります。 何かを成し遂げようとしている人もいれば、 自分では避けることのできない困難のただ中にいる人もいるでしょう。 あるいは、物質的には恵まれた時代を生きながら、 どこか生きづらさや迷いを感じている人もいるかもしれません。
このサイトでは、特に次のような人たちを想定しています。
FORWARD
目的に向かって
進みたい人
何かを成し遂げたい。新しいことに挑戦したい。 今いる場所から、もう一歩前へ進みたい。
目指すものは人それぞれです。 仕事や学びで結果を残したい人もいれば、 スポーツでより高い場所を目指す人、 自分の技術を磨きたい人、 長い時間をかけて一つのことを極めたいと願う人もいるでしょう。
しかし、目的に向かって進む中では、 その目標に関する知識だけでは解決できない問題にも直面します。
努力をどう積み重ねるのか。 失敗や停滞とどう向き合うのか。 限られた時間や力をどこへ注ぐのか。 心や身体をどう整えるのか。 人とどう関わるのか。 迷ったとき、何を基準に判断するのか。
進む道が違っても、その過程で向き合う問題には、 多くの共通点があります。「和の道」は、 自分なりの目的を持ち、その場所へ向かって 前へ進もうとする人のための場所です。
ADVERSITY
避けることのできない
困難と向き合う人
人生には、自分の努力だけでは避けることのできない 出来事があります。
災害、疫病、戦争、犯罪、社会の混乱。 病気や事故、仕事や生活基盤の喪失。 そして、大切な人との別れや死。
どれほど慎重に生きていても、 すべてを予測し、すべてを防ぐことはできません。 昨日まで当たり前だった日常が、 突然失われることもあります。 自分では変えることのできない現実を受け入れながら、 その先を生きなければならないこともあります。
今は平穏に暮らしている人にとっても、 こうした困難は決して無関係ではありません。 社会全体に起こる大きな出来事だけでなく、 一人ひとりの人生にも、病気、事故、失業、困窮、別れなど、 自分では選べない出来事が訪れる可能性があるからです。
そのとき本当に支えとなるのは、 物質的な備えや知識だけではありません。 思い通りにならない現実の中で自分を保つこと。 恐怖や感情に飲み込まれず、状況を見ること。 変えられるものと変えられないものを見極めること。 必要なときには他者と支え合うこと。 失ったあとに、自分の生き方をもう一度組み立てていくこと。 こうした内面的な力もまた、 困難の中を生きるうえで欠かせません。
私たちは、困難がなくなった時代を 生きているわけではありません。 だからこそ、困難が起きてから考えるだけでなく、 平穏なときから、自分は何を大切にするのか、 変えられない現実とどう向き合うのか、 どのように自分を立て直すのかを 考えておくことにも意味があります。
今まさに困難の中にいる人にも、 いつか訪れるかもしれない困難に備えたい人にも。 「和の道」は、避けることのできない現実の中で、 自分なりに生き続けるための手がかりを 探していく場所です。
MODERN LIFE
現代の生きづらさを
感じている人
現代は、歴史的に見れば非常に豊かな時代です。
食、住居、医療、交通、教育、娯楽、情報、人とのつながり。 人が利用できるものや選択肢は、大きく広がりました。 インターネットによって世界中の情報へアクセスできるようになり、 AIの発達によって、調べる、書く、整理する、考えるといったことまで、 以前より容易になりつつあります。
こうした進歩には、大きな価値があります。 ただ、豊かになったからといって、 人間の問題がすべてなくなるわけではありません。 むしろ現代には、かつてとは異なる種類の難しさも生まれています。
物が多すぎる。情報が多すぎる。選択肢が多すぎる。
刺激が途切れない。人とつながり続けているのに、孤独を感じる。
便利であるほど、自分で考えたり、待ったり、 我慢したりする必要が少なくなる。
かつて多くの問題が「足りないこと」から生まれていたとすれば、 現代では「ありすぎること」から生まれる問題もあります。 何を見るのか。何を選ぶのか。何を捨てるのか。 どこで満足するのか。誰と深く関わるのか。 何に自分の時間を使うのか。 自由や選択肢が増えたからこそ、 自分自身で決めなければならないことも増えました。
技術は「どうすればよいか」を教えてくれます。 しかし、何を大切にするのか、何のために生きるのか、 どのような人間でありたいのか—— その問いへの答えまでは、代わりに出してくれません。
現代の豊かさを否定するのではなく、 その恩恵を受けながらも、それに振り回されず、 自分にとって大切なものを見失わずに生きていく。 「和の道」は、そんな現代の生きづらさや迷いを感じている人にとっても、 自分の生き方を見つめ直すための場所でありたいと考えています。
WHY WISDOM
なぜ、和の知恵に
目を向けるのか
時代が変わっても、人間の根底に残り続けるものを探す。
「和の道」が昔の日本に受け継がれてきた知恵に目を向けるのは、 昔の方が優れていたと考えているからではありません。 古いものだから価値がある、あるいは過去の社会や価値観を そのまま現代へ取り戻すべきだと考えているわけでもありません。
私たちが過去を見る理由の一つは、 今とは異なる時代を見ることで、 時代が変わっても残り続けるものを見つけるためです。 社会の仕組み、技術、仕事、暮らし、人間関係のあり方は、 時代とともに大きく変化してきました。
しかし、人が恐れ、不安を感じ、欲望を持ち、 他者との関係に悩み、何かを成し遂げようとし、 失敗し、喪失を経験し、老いや死と向き合うという、 人間の根底にある部分まで大きく変わったわけではありません。
現代だけを見ていると、何がこの時代特有の問題で、 何が人間そのものに関わる問題なのかを見分けることは 簡単ではありません。 異なる環境を生きた人々と私たちを照らし合わせることで、 時代や文化を越えて繰り返し現れるものが見えてきます。 そこに、人間について考えるための手がかりがあります。
DIFFERENT CONDITIONS
異なる環境を生きた
人々から学ぶ
過去の日本は、現代よりも自然、死、病、欠乏、 不確実性、身体、共同体といった、 人間の根源的な条件との距離が近い社会でした。 自然災害、飢饉、疫病、戦乱、貧困。 医療や社会保障も現在ほど整っておらず、 人の死や喪失は、今よりも日常の近くにありました。
もちろん、そうした時代を美化することはできません。 そこには理不尽な苦しみや不平等があり、 現代から見れば受け入れるべきではない制度や慣習も 数多く存在しました。
私たちが注目するのは、その苦しさそのものではなく、 思い通りにならない現実を簡単には取り除けなかった環境の中で、 人々がどのように生きようとしてきたのかという部分です。
変えることのできない現実を、どう受け止めるのか。
恐怖や悲しみを抱えながら、どう日常を続けるのか。
失う可能性が常にある中で、何を大切にするのか。
一人では生きられない環境の中で、 どのように他者と支え合うのか。
そうした問いと向き合う中で、人々は自分自身を整え、 人との関係を築き、困難な現実の中を生きるための 考え方や振る舞いを育ててきました。 その一部は、武道、芸道、ものづくり、商い、 生活習慣、共同体、思想、言葉など、 さまざまな形となって現在まで残されています。
また、物が少なく、便利さも整っていなかった時代には、 忍耐、節度、感謝、謙虚さ、他者との相互扶助、 自然への畏れ、そして自分にとっての「足る」を考える機会が、 生活の中に自然と組み込まれていました。
誰もがそれらを身につけていたということではありません。 重要なのは、人間にそれを意識させる環境が、 今より強く存在していたという点です。 豊かになった現代では、こうしたものを自分から選び取らなければ 経験しにくくなっています。だからこそ、過去との比較には意味があります。
PRACTICE OVER TIME
長い実践の中で
積み重ねられたもの
和の知恵には、書物に残された思想だけでなく、 人々が生活や仕事の中で繰り返してきた実践も含まれています。
一つの技を磨く。一つの仕事を長く続ける。 同じ動きを何度も繰り返す。 失敗し、修正し、再び試す。 先人から学び、自分の経験を加え、 次の世代へ渡していく。
今ほど情報や娯楽、選択肢が溢れていなかった時代には、 一つのものと長く向き合い、 深く掘り下げる環境が生まれやすかったと考えられます。
そうした長い反復の中から、単なる方法や作法を越えて、 身体の使い方、心の整え方、努力の積み重ね方、 感情との向き合い方、他者との距離の測り方といった、 より根本にある原理を見いだした人々もいました。
長く続いたものだから正しいとは限りません。 しかし、異なる時代の多くの人々が実際の生活の中で試し、 修正し、受け継いできたものの中には、 改めて検討する価値のあるものが 残されている可能性があります。
QUESTION TRADITION
昔の知恵だからといって、
正しいとは限らない
昔から伝わる知恵であるというだけで、 それを本質的なものとして扱うことはしません。
過去には、現代から見れば受け入れることのできない制度、 偏見、迷信も数多くありました。 現在まで伝えられている思想や教えも、 その時代を生きたすべての人の考えを代表しているわけではなく、 長い歴史の中で残ってきた一部の記録や思想に すぎないこともあります。
そのため「和の道」では、伝統をそのまま信奉するのではなく、 その奥にあるものを探っていきます。
なぜ、その考え方が生まれたのか。
何を解決しようとしていたのか。
人間の心や身体、行動に、どのような作用をもたらしていたのか。
どの部分が当時の社会や文化に依存したものなのか。
どの部分が、現在にも残り得るものなのか。
表面的な形式ではなく、その背景にある原理を見ることを大切にします。
そして、昔の知恵を検討するときには、 現代の科学、医学、心理学、運動学、経営学をはじめとする 研究や実践知とも照らし合わせて考えていきます。
目的は、昔の知恵を何でも 「科学的に正しい」と証明することではありません。 むしろ大切なのは、昔の人々が経験的に見いだしていたものについて、 その背後にある仕組みや条件をより正確に理解することです。
なぜ、それによって身体が変化するのか。 なぜ、ある習慣が長期的な成長につながるのか。 どのような条件で機能し、 どのような場合には機能しないのか。
原理が見えてくれば、 昔とまったく同じ形を繰り返す必要はなくなります。 現代の生活に合わせて形を変えることも、 別の分野へ応用することも、 より良い方法へ修正することもできます。
伝統を保存すること自体を目的とするのではなく、 そこに含まれている価値を見極め、 現代で使える形へ翻訳する。 それが、「和の道」が和の知恵を見る上で 大切にする姿勢です。
FOR THE FUTURE
今を生き、
これからを生きるために
現代には、昔にはなかった科学、医療、技術、 自由、情報、豊かさがあります。 それらを否定する理由はなく、 むしろ積極的に活かすべきものです。
しかし、それらがどれほど発達しても、 どう生きるのか、何を大切にするのか、 欲望とどう付き合うのか、困難をどう受け止めるのか、 人とどう関わるのかといった問いが なくなるわけではありません。
私たちが和の知恵に目を向けるのは、 その長い経験の中から、 時代を越えて今の私たちにも役立つものを探すためです。 昔へ戻るためではありません。
過去を見ることは、過去に生きることではなく、 今をよりよく生き、まだ見ぬこれからを生きていくために、 過去から学ぶことです。
FROM FORM TO PRINCIPLE
和の知恵を現代に活かすという考え方
昔の形をそのまま再現するのではなく、
その奥にある構造と原理を、現代で使える知恵へ。
このサイトで大切にしたいのは、和の知恵を過去の形のまま受け継ぐことではなく、 その奥にある構造や原理を取り出し、現代に生きる私たちが実際に使える形へと 昇華していくことです。
昔の日本には、武道、禅、芸道、職人文化、暮らし、共同体など、 さまざまな領域に知恵が蓄積されてきました。しかし、それらの多くは、 その時代の社会、生活環境、価値観、技術、制度の中で生まれたものです。 そのため、昔の行為や作法、考え方をそのまま現代へ持ってきても、 必ずしも同じように機能するとは限りません。
では、何を受け継ぐのか。
ここで重要になるのが、具体から抽象へ上がり、その背後にある構造を捉え、 そこから再び現代の具体へ降ろしていくという考え方です。
「型」を、原理まで掘り下げる
たとえば、武道には「型を繰り返す」という具体的な実践があります。 その形だけを見れば、武道に固有の稽古に見えます。
しかし「武道」という文脈をいったん外してみると、そこには、 基本動作を繰り返し、考えなくても再現できるところまで身体に落とし込んでいく という構造があります。さらに抽象度を上げれば、 「反復によって動作を自動化し、知識を身体化する」という原理として捉えられます。
語学・スポーツ・楽器・仕事・礼儀・習慣形成
ここまで取り出せれば、その知恵は武道の中だけにとどまりません。 表面的にはまったく異なる領域にも、応用できる可能性が生まれます。
表面の所作ではなく、働いているものを見る
同じことは、茶道や禅、職人文化にも言えます。茶道に見られる丁寧な所作を見て、 「ゆっくり動くことが大切である」とだけ捉えてしまえば、 本来の意味から離れてしまうかもしれません。
その奥にあるのは、単なる動作の遅さではなく、対象へ注意を向けること、 無駄な動きを減らすこと、目の前の一つの行為を疎かにしないこと、 相手や場との関係を意識することといった、より深い構造かもしれません。
抽象化とは、物事を曖昧にすることではありません。表面にある形を一度ほどきながら、 何がその形を成り立たせているのかを探る行為です。
取り出したものを、すぐに真理とはしない
ただし、抽象化すれば自動的に本質へたどり着けるわけではありません。 抽象化は、同時に情報を削ることでもあります。何を残し、何を捨てるのかを誤れば、 本来は重要ではなかった部分を「本質」だと思い込むこともあります。
だからこそ、このサイトでは、昔の知恵から何かを取り出した時点で、 それをすぐに普遍的な真理として扱うことはしません。
その構造は、他の時代でも成り立つのか。
別の分野にも、同じパターンが現れるのか。
現代の科学や心理学から見ても説明できるのか。
実際の生活で使ったとき、本当に機能するのか。
こうした複数の視点から照らし合わせながら、その価値を確かめていきます。
価値のある知恵は、分野の境界を越えていく
本当に価値のある知恵ほど、抽象度を上げていくと、 一つの分野の境界を越え始めます。武道の知恵が仕事や学習に結びつくことがあります。 禅の考え方が心理学や注意の研究と接続することもあります。 職人の修練の中に、技能習得や熟達についての原理が見つかることもあります。
表面ではまったく異なる営みであっても、そこまで抽象度を上げると、 同じ構造が見えてくることがあります。ここに、昔の知恵を学ぶ大きな価値があります。
私たちが探したいのは、昔の「形」そのものではなく、 その形を生み出していたものです。なぜ、その行為が残ったのか。 どのような条件のもとで、それは機能したのか。 その奥では、どのような原理が働いていたのか。
そこまで掘り下げることができれば、和の知恵は過去の文化を知るためだけのものでは なくなります。現代の仕事、人間関係、健康、学習、挑戦、喪失、 困難への向き合い方など、新しい問題に対して使うことのできる知恵へと変わっていきます。
具体から原理を取り出し、原理から新しい具体を生み出す。
昔の形をそのまま再現するのではなく、形を越えて、形を生み出しているものを見る。 そして、それを現代という異なる環境の中で、もう一度機能する形へと組み直していく。
それが、「和の道」が大切にしている「和の知恵を現代に活かす」という考え方です。
HOW TO EXPLORE
サイトの見方
今の自分に必要な知恵へたどり着くために、
「和の道」には三つの入口があります。
「和の道」では、人がよりよく生きていくために必要な知恵を、 いくつかの異なる視点から整理しています。
扱っている知恵そのものが完全に分かれているわけではありません。 一つの知恵を、人間の構造から見るのか、人生の段階から見るのか、 目の前の課題から見るのか。その違いによって、入口を分けています。
人を磨く、七つの領域
人のどの部分を磨くかという視点から、 知恵を探します。
人の構造から見る年代から探す
人生のどの段階にいるかという視点から、 知恵を探します。
人生の段階から見る悩み・目的から探す
今、何に困り、何を目指しているかという 視点から知恵を探します。
現在地から見る人を磨く、七つの領域
人がよりよく生きようとするとき、磨くべきものは一つではありません。 身体が整っていても、心が不安定であれば十分に力を発揮できないことがあります。 知識や能力があっても、自分を律することができなければ、 それを積み重ねることは難しくなります。
また、一人で生きているわけではない以上、人との関係や社会との関わりも必要です。 目的へ進むためには戦略が必要になり、そのさらに根底には 「何を大切にして生きるのか」という価値観があります。
「和の道」では、こうした人が生き、成長し、社会と関わっていくうえでの 主要な側面を、七つの領域に整理しています。
身体
人が生き、行動するための最も基礎となる土台です。健康、食事、睡眠、 運動、姿勢、呼吸、身体の使い方、体力、回復、スポーツなど、 身体を守ることから、その能力を高めて活かすことまでを扱います。 単に病気を防ぐだけでなく、動ける身体、疲れにくい身体、 環境の変化に耐えられる身体をつくることまでを含む領域です。
精神・心
外から起こる出来事に対して、内側でどのように受け止め、整え、 立ち直るかに関わる領域です。感情、集中、不安、ストレス、落ち着き、 忍耐、回復力、自己理解などを扱います。環境そのものを変えられないときでも、 自分の心との付き合い方によって、行動や人生の質は大きく変わります。
規律
自分の意思を、日々の行動へ変えていく力に関わる領域です。 習慣、継続、自制、時間管理、生活の整え方、努力の積み重ねなどを扱います。 考えているだけでは、人は変わりません。身体や心、知識、目標を、 実際の行動へ結びつけるための領域ともいえます。
人間関係
他者とともに生きる力に関わる領域です。家族、友人、仲間、恋愛、 仕事上の関係などを含め、信頼、礼節、伝え方、協力、距離感、 対立との向き合い方などを扱います。人間関係は幸福の源にもなれば、 苦しみの原因にもなります。他者との関係をどのようにつくり、保ち、 必要に応じて離れるのかも、よりよく生きるための重要な力だと考えています。
ビジネス・社会
自分の力を、社会の中でどのように活かしていくかに関わる領域です。 仕事、商い、組織、働き方、価値提供、信用、社会との関わりなどを扱います。 個人として自分を磨くだけでなく、その力を社会の中でどのように役立て、 価値へ変えていくのか。個人と社会をつなぐ領域として位置づけています。
戦略
限られた時間、能力、情報、資源の中で、どのように目的へ近づくかを 考える領域です。意思決定、目標設定、優先順位、準備、状況判断、 競争、交渉、リスクへの対応などを扱います。努力の量だけでなく、 どこへ向かい、何を選び、何を捨てるのか。 目的を達成するための「進み方」を扱う領域です。
哲学・価値観
その人の生き方の根底にあるものを扱う領域です。幸福、善悪、生きる意味、 死、苦しみ、自由、責任、美意識、人生観などについて考えます。 身体をどう鍛えるのか。何のために努力するのか。どのような仕事を選ぶのか。 誰とどのような関係を築くのか。そのさらに奥にある 「自分は何を大切にして生きたいのか」という問いに関わる領域です。
七つは、独立しているわけではありません
七つの領域は、理解しやすくするために分けていますが、 実際の人間は一つにつながっています。
睡眠不足
→ 精神・心心が不安定になる
→ 行動集中できなくなる
生活が整う
→ 身体状態が改善する
関係の悩み
→ 社会仕事へ影響する
大切なものが変わる
→ 戦略目標そのものが変わる
このように、一つの問題が複数の領域にまたがることは珍しくありません。 七つの領域は、人間を七つに分断するための分類ではなく、 人という複雑な存在を理解しやすくするための地図です。
どこか一つだけを完成させるのではなく、それぞれが互いに支え合いながら、 一人の人間を形づくっていると考えています。
年代から探す
——人生の段階という視点
同じ人間であっても、人生のどの段階にいるかによって、 向き合いやすい課題は変わります。若い時期には、身体や能力の土台をつくること、 経験を増やすこと、自分の方向を探すことが重要になりやすいでしょう。
年齢を重ねるにつれて、仕事、家庭、責任、健康、人間関係、喪失、 人生の意味など、比重の大きくなるテーマも変わっていきます。
そこで「和の道」では、七つの領域とは別に、 人生の段階という視点から知恵を整理するために年代別の入口を設けています。 年代のページを開くと、そこにも七つの領域がありますが、 通常の七つの領域をそのまま繰り返しているわけではありません。
たとえば「身体」という同じ領域でも、20代で重要になりやすい身体づくりと、 50代で重要になりやすい身体づくりは同じとは限りません。 「仕事」「人間関係」「哲学」についても同様です。
つまり年代別のページでは、七つの領域とその人生段階を掛け合わせ、 その年代に特に関係しやすい知恵を絞って見ることができます。
人生の進み方、経験、環境、課題には大きな個人差があります。 年齢によって「読むべきもの」を決めるためではなく、 今の自分に関係しやすいものを見つける手がかりとして設けています。
悩み・目的から探す
——今の自分から始める
七つの領域が「人のどの部分に関わる知恵なのか」という分類であり、 年代が「人生のどの段階にいるのか」という分類だとすれば、 悩み・目的はさらに実際的な入口です。
人は必ずしも「今の自分には精神分野の知識が必要だ」とは考えません。 むしろ「集中できない」「継続できない」「人間関係がうまくいかない」 「自信をつけたい」「困難を乗り越えたい」というように、 具体的な問題や願いから知恵を探すことの方が多いでしょう。
そのため、今抱えている悩みや、達成したい目的から直接探せる入口を設けています。 ここでは、通常の七つの領域と記事が重なることがあります。 これは意図的なものです。一つの悩みには、複数の原因が存在することがあるからです。
たとえば「集中できない」という問題であれば、睡眠や疲労という身体の問題かも しれませんし、不安やストレスという精神・心の問題、あるいはスマートフォンの 使い方や習慣という規律の問題かもしれません。
そのため「悩み・目的」は独立した知識の分類ではなく、 七つの領域を横断して、必要な知恵を集めるための入口として位置づけています。
人を構成する側面から見る
人生の段階から見る
現在の課題や目標から見る
三つの入口から、同じ人間を見る
同じ知恵であっても、見る角度が違えば、その意味も変わります。 「身体を整える」という知恵は、七つの領域から見れば人間を磨く一要素です。 年代から見れば、その時期に合った身体との付き合い方になります。 悩みから見れば、疲労や集中力低下、健康不安を解決する手段になるかもしれません。
「和の道」では、このように複数の入口を用意することで、 知識をただ大量に並べるのではなく、一人ひとりが現在地から 必要な知恵へたどり着ける構造を目指しています。
決められた順番に読む必要はありません。自分が気になる領域からでも、年齢からでも、今抱えている悩みからでも構いません。 そこから別の領域へ進み、必要に応じて視野を広げながら、 自分に必要なものを見つけていってください。
FROM KNOWING TO DOING
最後に
知識を、頭の中だけで終わらせないために。
ここまで「和の道」を見てくださり、ありがとうございます。
この場所を、一時的に消費されて終わるものではなく、 年月とともに知恵が積み重なり、何度でも立ち返ることのできる、 長く続く深みのある場所へ育てていきたいと考えています。
知識が、自分の知恵へ変わるまで
外から知識を得る
実際の生活で使う
結果を自分で受け取る
自分自身の知恵になる
実践からしか、得られないものがある
本を読むこと、考えること、理解を深めること。それらも大切です。 しかし、それ以上に価値があるのは、 実際にやってみたことでしか得られない情報です。
うまくいかなかったこと
想像とは違っていたこと
自分には合わなかったこと
思っていた以上に効果があったこと
そうした実践から返ってくるものは、どんな知識にも置き換えることのできない、 自分だけの経験になります。
入力と出力を、時間の中で繰り返す
外から知識や経験を取り入れ、それを自分なりに行動として返していく。 その入力と出力を繰り返し、時間を重ねることで、 物事は少しずつ身についていきます。
怖さがあっても、実践の側へ。
もちろん、実践の場に立つことは、いつも簡単ではありません。 これまでしたことのない挑戦、人との関わり、自分を変える行動、 失敗する可能性のある選択。
自分の慣れ親しんだ場所の外側にあるほど、怖さや不安が生まれ、 もう少し準備してから、もう少し自信がついてからと、 避けたくなることもあるでしょう。
それでも、完全に準備が整う日を待つのではなく、 できる範囲で一歩、実践の側へ進んでみてください。
知識を得て、試し、失敗し、考え、また試す。 その往復の中でこそ、知識は深まり、 自分なりの答えがつくられていきます。
そのまま信じるのではなく、
自分の人生で確かめる。
「和の道」にある知恵も、ここに書かれていることを そのまま信じてもらうためのものではありません。
自分の人生へ持ち帰り、実際に試し、 自分自身の経験と照らし合わせながら、 必要なものを自分のものにしていただければと思います。